• 以前在会馆住的时候,有位南京大学历史系博士生交换留学过来。他这个人性格开朗,笑起来像色狼,严肃起来像个同性恋。

    刚开始以为他是研究日本史的,过来收集资料写论文。大家在一起说闲扯淡时难听他说两句有关日本的,倒是什么话题都能扯到中国的这个那个朝代,这本野史那些风流轶事,贪官污吏,这个美女那个流氓的。后来才知道他是个彻头彻尾的中国史专攻。

    我就纳闷他来日本有何贵干?
    他一本正经地说,在日本研究日本史的最终三分之一多会转到中国史方向上。原因有二:第一,日本用自己的文字记录历史以前很多都依赖中国史书的记载再现历史。也就是说,对于汉文和中国历史没有一定的理解意味着很难有进一步的成果。第二,日本史从地域和时间的维度上相对比较封闭,近百年的日本史研究已经逐步健全,很多领域没有多少研究余地或者说难有举世瞩目的成果出现。所以造成一部分学者出逃中国史。老实说日本的中国史研究不输给中国本国的研究。

    他又笑眯眯地说,你知道日本历史上有一段空白吗?它不是焚书坑儒,或是当权者有意抹杀,而是有一年中原起了大火,烧了部分史书,而这史书记载的就是日本那段历史。我相信这是个笑话。

    在宿舍的时候总能听他啰嗦,对于只关心现在和未来不计较过去的我未尝不是好事。后来我读到了历史学家葛兆光的文章,让我重新审视什么是中国,中国人,纠正了义务教育灌输我的某些观念。我也不再用主体思想套用于个体身上,因为国家这个概念已经随着时代变了。

  • IAD2 - [生活]

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    一切源于贪婪,对时间,对所谓的高效率。

  • IAD - [生活]

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    自从接触互联网那天,我就喜欢同时开几个网页,更有效率地上网。当时的窄带技术的确让人窝火,后来网速也快了,“左右开弓”的习惯却难改了。而且这种行为已经踰越虚拟,融入现实生活。吃着碗里看着锅里还不时地盯着别人的碟里,后来有好心人告诉我那是一种病,叫网络注意力分散症。

    我发现不仅思维跳跃不着边际,说话也没逻辑,能算二等残疾。 不知道为什么总那么心急,恨不得两件事儿当一件做,一点小事儿都得WBS一下做,经过超市非得买点什么,撒泡尿也要顺道微博一下,看着书还要开电视。病入膏肓啊。

  • 真面目 - [生活]

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    记得5月初带我妈去山下公园散步时,树荫下趴着一只宠物猪,走进了才发现其实是头很胖的牧羊犬。旁边坐着狗主人,是个微胖的老头。那天最高气温过30度,狗就像海面上的浮标一喘一喘地浮在草坪上,今年酷暑它怎能熬过啊,我在想。

    我妈拿出卡片机对着狗就是狂拍。狗主人笑着说,「ダメ〜こいつはデブだから、モデルにならない」。我把这句翻译给我妈,她的反应是这老头真逗。我心想她只是邪恶地拍张照片满足一下猎奇心理,回去好给她那些主妇朋友秀秀日本肥狗见闻。

    突然想起语言学校那会儿,有个相貌凶猛自信超人的女孩,经常怀疑男人为她争风吃醋。有一天,她穿件颜色似孔雀外形是鸵鸟的衣服来上课,还得意地和我们说:“今天电车里有好几个男人色迷迷地看我”,我当时特不解,难道一车都是盲人。后来想想,如果有人敢穿得像鸵鸟坐电车,我也会多看她两眼。

    讲这两个故事,我是想说,作人不能太认真。他人的话语中夹杂了太多甜言蜜语和随声附和,你不会分辨,就不能当真,听个过场恰当好处。这也是我常常告诫自己的话,有时候赞美是同情,吹捧是讽刺。太消极了?

  • 4月の東京、エープリルフールは想定どおり何も起きなかった。ユーモアの少ない東京人にとっての最も幸せな行事だけれども、つまらないまま終わった。大地震のせいにするか、しても良いものか。今年の花見の宴会も自粛するようだ。なんか重い気分が・・・

    僕はまたテレビ無しの生活に戻っている。そのお陰で、大気中の放射線量が減りつつ、すでに標準以下に下がっているのではないかと思い込み、ひとまず安堵した。耳を覆って鈴を盗むと同じで、ちょっと気楽かも。

    こんな落ち着かない東京に、今月は母がやって来る。放射線汚染で集団パニックが起きた中国人の中の異種かもしれない。日本も初めてだし、もちろん日本語もしゃべりれないし、英語も話せない。ロシア語なら多少できると言いつつ、簡単な挨拶程度でしか覚えてない。それにしても、ちっとも不安に思っていない。その勇気はどこから湧いてきたのだろう?

    母の「日本語なしの東京生活」に期待せずにはいられない。毎日日記を書いてもらおうか。

  • 朝、渋谷ハチ公口、東北関東大地震から2週間。いよいよ花見の季節だ。

    通勤電車の混雑、スーパーなどの品切れ、商店街の営業時間短縮、放射性物質で汚染された東京の水道水以外、全て通常に戻っているように見える。地震が来たときに、ちょうど会社の代休で早稲田大学にいたお陰で、あまり大きな揺れを感じなかった。その関係で、新潟地震より軽いほうではないかと友人に断言していたが、首都圏の通勤混乱、広域停電を招くほどの想像にも至らなかった。NHKの生中継を見るとまさに映画『2012』の再現であった。巨大な津波が村を丸ごと吸い込む光景に呆然とした。普段テレビを見ない僕は、あの一週間だけで一年分のテレビを見ていた気がした。

    地震が起きてすぐさま、ネット上にデマメールが回され、その次に、スーパー・コンビニの水と食品の買い溜め。あるスーパーマーケットに閉じこまれた人たちの恐怖心理をよく描く『ミスト』を思い浮かんだ。正確な情報が伝わないと、人間が変な方向に走る。

    日本のマスメディアが格好を付けて、国民に「大丈夫、全て把握している。我々を信じてください。」という姿勢を崩さない。どのチャンネルを回してもNHKの生中継で、政府の発表、もしくは「専門家」の意見が流れている。 僕は最初にメディアを疑わなかった、というより冷静さを賞賛した。混乱を招く恐れがあるから、事実を全て公開しないあるいは意図的に報道したほうがいいのではないかと思っていた。偶然に、当時のソ連政府もそういう考えで、汚染された野菜を食べた市民に1ヶ月後に事実を打ち明けた。

  • 读书 - [生活]

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    10年前,我不喜欢读书,成天在外面疯跑。妈妈有意地在我床头上打了个书柜,摆满她喜欢的中外明典。我枕着托尔斯泰的《战争与和平》,顶着司汤达的《红与黑》,却未曾与书中人物谋面。10年后的今天,我总想着看书,好像还债一样差一天都不行。而妈妈却劝我:别看了,把人都读傻了。有时我为她的反差感到困惑,可并没有太多后悔。

    小时候的疯跑,自由,无拘无束给了我活跃的思维,发散不死板,有时甚至突发奇想。而今天的阅读习惯并非出自对书籍的热爱,而是来源于这个信息泛滥的世界,书籍过滤了不必要的信息,整理了因果逻辑,可以节省很多时间。阅读不仅仅是感官上的冲击,更是一种捷径。难道我们有更好的选择吗?

  • 在日本说中文要注意,据说每节电车里平均有2个中国人。因为常用山手线,经常能提到中国小姐在日本车里肆无忌惮地谈论接客细节,涉谷到池袋段尤为多。

    据说,中国小姐在日本也不好混,接客之余她们有很多空闲时间,语言,文化的障碍使她们变得没有什么朋友。晚上可以工作,白天就闲很多,有时候没有客人,收入少了,更多了分寂寞。她们有时候主动联系客人不是为了钱,只是想找个人一起吃饭,说说话。晚上去宾馆开房,她们不会有意地向客人要钱,但是还会得到一些零花钱。更像是国内的二奶,只不过少了房子,没了固定的主人罢了。

    白天就一个人跑到咖啡店发呆,或者找姐妹们逛街,一些有老公的人陪陪老公。她们大多30岁左右,所以很难叫她们“小”姐,大多也没有孩子。很难想象会有母亲千辛万苦跑日本来从事这一行。

    日本对风俗的态度也很容忍,很长一段时间更是纵容。最近陪酒女郎(一般不陪睡)常出头媒体,社会也对这一人群有了更多的关注,甚至于去年对女孩的理想职业调查中,陪酒女郎竟然排到了前五。她们只是单纯地认为,陪酒女郎打扮时尚,收入不菲,又可以认识很多社会名流,最终和梦想的白马王子结婚后退役。貌似几百年前中国青楼女子的职业生涯。所以说,在日本做这一行也没啥害羞的,她们一向挺着胸走路。